つがる☆時空間  

青森県の観光情報や歴史民俗を中心に紹介しています。江戸時代の天守がある弘前城・岩木山、八甲田山などの四季や、こぎん刺し・津軽塗の伝統工芸をゆっくりとごらんください。

こんにちはnatuです。青森県在住の主婦ライターです。
『グラフ青森』社が発刊している「青森の暮らし」にてコラム『城下町通信』を執筆しています。弘前城や神社仏閣、あるいはこぎん刺し、『BOR0』といった古布を手掛かりに東北の魂にふれる旅をしましょう。

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イタコの研究書が弘前市立図書館にあったので、借りて読みました。

「イタコ」の誕生――マスメディアと宗教文化
弘文堂・4500円+税

著者の 大道晴香さんは1985年、青森県生まれ。
横浜国立大学を卒業後に東北大学大学院に進まれ、さらに國學院大學大学院でも学ばれたそうです。

本文を読むと、イタコがマスコミに取り上げられるようになったのは1960年以降とのこと。
1970年代になるとオカルトブームに乗って多くの映画やテレビ番組に登場し、そして、最近ではアニメのシャーマンとして若者に認知されていることも。

恐山がマスメディアによってどう扱われ、イタコの神がかりや仏おろしが日本の社会にどう映り、消費されてきたかを、学術的に検証した本です。

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イタコとは?



 青森県から秋田県、岩手県にかけての東北地方の北部に、イタコとよばれる民間巫者(みんかんふじゃ)がいました。
その多くは、視力障がい者の女性。
師匠の元に弟子入りして、祭文などを口伝で覚えて、亡き人の霊を呼び戻す口寄せや、おしらさまの「あそばせ」などを行います。

おしらさまは、家神さまとしておもに農村で信仰された神さま。
過去記事:津軽のおしらさま



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イタコにおける津軽のメッカは賽の河原・川倉地蔵尊です。
『イタコの誕生・マスメディアろ宗教文化』に川倉地蔵のことが出てこないのが、ちょっと寂しい。

佐藤貞樹氏が聞き書きした津軽三味線の高橋竹山の本によると、大正時代の末ころ、川倉地蔵尊は大祭のときは夜通し人々がお参りし、津軽三味線大会も開かれ、もちろんイタコの口寄せも行われたそうです。

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川倉地蔵尊には数多くのお地蔵さまがお祀りされています。

亡き人の遺品を納めて、成仏を願うお堂ですので、衣服や履き物などもありました。
過去記事:津軽の精神世界・川倉地蔵尊


 イタコはあの世から死者の魂を呼んで、思いを聞くという巫者でした。
いまはもう盲目のイタコはいません。
高齢のため引退したり、お亡くなりになったり。

私は10年ほど前、鰺ヶ沢町にお住まいのイタコ・平田アサ女を岩崎村の地蔵尊でお見かけしました。
平川市の猿賀神社の大祭では2008年に2名のイタコが口寄せをしていましたが、ここ数年は猿賀神社のイタコマチは見なくなりました。

 

スピリチュアルのブーム
 

科学万能で、しかも人工知能ロボットの時代がやって来ようとしていますが、人間の精神世界は縄文時代など古代とあまり変わらないのではないでしょうか。
相変わらず占いが人気で、スピリチュアルも根強いファンがいます。
恐山の夏の大祭時には、イタコの口寄せを聞くために、全国から人が集まって4時間も並ぶのだとか。亡き人の思いを知りたい。
イタコのファンも根強いのでしょう。

「『イタコ』の誕生」をお書きになった大道晴香さんは、 八戸の祖父母から青森県の文化を愛する心を育まれたと、あとがきで述べています。

400ページの労作で、読み応え充分の専門書。
1985年生まれの著者がこれからどんなふうに研究を進めていくのか、期待しています。
 

 

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