つがる☆時空間  

青森県の観光情報や歴史民俗を中心に紹介しています。江戸時代の天守がある弘前城・岩木山、八甲田山などの四季や、こぎん刺し・津軽塗の伝統工芸をゆっくりとごらんください。

こんにちはnatuです。青森県在住の主婦ライターです。
『グラフ青森』社が発刊している「青森の暮らし」にてコラム『城下町通信』を執筆しています。弘前城や神社仏閣、あるいはこぎん刺し、『BOR0』といった古布を手掛かりに東北の魂にふれる旅をしましょう。

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2011年3月11日のことは今もしっかり覚えています。
長い揺れでした。いつ収まるだろうと思っていたら、突然の停電。その夜は暖房もなく明かりもなく、毛布にくるまって過ごしたのです。

そのころわが家は上の子が東京で働き、下の子は日本海をのぞむ甲信越地方で学生生活を送っていました。携帯電話もなかなかつがらず、ぶじを確かめることができたのは夜の10時ころ。離れて暮らす家族の安否がわかり、少しほっとします。

夜中もなんどか余震を感じました。不安な夜が明けてもやっぱり電気は使うことができず、ラジオで被害の大きいことを聞きましたが、どれほどかは昼過ぎに電力が回復し、テレビ画面を見てからでした。

マグニチュード9とも言われて、震源地は 三陸の沖。津波が発生し、街が次々と飲みこまれていく映像に、声がありません。
まさか、死者がそれほど多いなんて。
まさか、原発事故も発生とは。
想定外のことばかり。

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地震の活動期か


日本ではそれからも噴火や地震が頻発しています。
熊本地震は記憶に新しいことですし、長野の御嶽山の噴火は飛んでくる噴石に襲われたらひとたまりもないことを世に知らしめました。

地球規模で地震の活動期に入っているという専門家がいます。

垂柳遺跡の資料館を見学したとき。
田舎館村を中心とした弥生時代の稲作文化が中断したのは、八甲田山の噴火により大量の火山灰が降下したことが原因と聞きました。

2000年前、津軽は火山灰が堆積する被害があったのです。
時代は下り、江戸時代には岩木山が噴火しました。

私の記憶にあるもうひとつの大きな地震は日本海中部地震。いまから30年前ですが、あのときは電柱が揺れに揺れ、恐怖を感じたものです。

日本に住んでいる限り、天災からは逃れることができないのかもしれません。

3月11日は私にとって、平凡な日々を送ることのできる幸いを感じさせる日。
被災地が早く復興されますように。

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