つがる☆時空間  

青森県の観光情報や歴史民俗を中心に紹介しています。江戸時代の天守がある弘前城・岩木山、八甲田山などの四季や、こぎん刺し・津軽塗の伝統工芸をゆっくりとごらんください。

こんにちはnatuです。青森県在住の主婦ライターです。
『グラフ青森』社が発刊している「青森の暮らし」にてコラム『城下町通信』を執筆しています。弘前城や神社仏閣、あるいはこぎん刺し、『BOR0』といった古布を手掛かりに東北の魂にふれる旅をしましょう。

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弘前市茂森の禅林街は、33の曹洞宗のお寺さんが道の両側に並んでいます。
同じ宗派のお寺を、これだけまとめた地域は全国的にめずらしく、江戸時代そのままの雰囲気。

黒門も藩政時代から存在していました。
ただ、当たり前ですけれど、もはや馬や駕籠(かご)の時代ではありません。
自動車 が主流で、工事関係の車両も通行します。
それで、大型車などがうまく通り抜けられず、門を破壊することが起きる。
2015年9月、トラックの接触事故により倒壊したのです。

ある方は、「これまで5回くらいは壊れたんじゃないかしら」と、おっしゃっていました。
しかし、なんどでも、直します!
今回も、ちゃんと元通りになりました。
8月8日、午前中の写真☆
お盆前に修復されて、良かった。

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高い樹木が立ち並ぶ禅林街。
もっとも奥に位置しているのは、津軽家の菩提寺。
長勝寺(ちょうしょうじ)です。

大浦城からの建材を使っているため、お寺の庫裡(くり)は弘前城より古いとか。

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国の重要文化財である三門。
女優の吉永小百合さんがこの門のところでたたずんだシーンを、記憶されている方も多いでしょう。
大人の休日倶楽部のCMだったと思います。

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三門のほか、銅鐘、本堂と庫裡も国の重要文化財。


三門は風格があって、ほんとうにどっしりとしています。
門柱は、原木をそのまま2階部分の上部まで通して、使用。

さて、長勝寺には、徳川家康の養女として、2代藩主の許に輿入れした満天姫(まてひめ)の霊廟があります。

津軽双子花



満天姫と 石田三成の娘・辰姫は、2代藩主信牧(のぶひら)公を挟んで、正室と側室の戦いがありました。
そのことを葉室麟 さんが、『津軽双花』に著して、上梓。
毎日新聞に掲載された新聞小説です。

読みやすくて、満天姫と辰姫の愛の綱引きがたっぷり。


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満天姫のご霊廟には、葵のご紋があるのですが、御印が薄くなっていますね。
かろうじて解かるでしょうか。

二度目の結婚で、津軽に嫁がれたのです。
最初の結婚は、わずか11歳で、武勇の誉れ高い福島正之の許へ。
養父である福島正則は、豊臣秀吉の子飼いの家来衆。

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幸せな日々を送りますが、養父・福島正則に実の子が誕生し、正之はしだいに疎まれます。

座敷牢に閉じ込められ、最後は餓死という悲運な殿でした。

満天姫は、正之が亡き後は実家に帰り、それから5,6年後に、家康のたっての願いで、津軽の地を踏むこととなります。
その当時の津軽といえば、たいへんな辺境です。
キリシタンの流刑地になった日本の端っこですから、満天姫はフクザツな気持ちだったでしょう。

福島正之との間に生まれた一子を連れての再婚で、その子は当初、信牧公の弟分という扱いだったようです。

乱世は、姫君にとっても、なかなか大変。
政略結婚の駒でしか、なかったようですね。

夏祭が終わったお盆前、霊廟を訪ね、満天姫を偲びました。


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