つがる☆時空間  

青森県の観光情報や歴史民俗を中心に紹介しています。江戸時代の天守がある弘前城・岩木山、八甲田山などの四季や、こぎん刺し・津軽塗の伝統工芸をゆっくりとごらんください。

こんにちはnatuです。青森県在住の主婦ライターです。
『グラフ青森』社が発刊している「青森の暮らし」にてコラム『城下町通信』を執筆しています。弘前城や神社仏閣、あるいはこぎん刺し、『BOR0』といった古布を手掛かりに東北の魂にふれる旅をしましょう。



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田舎館村のスノーアートは道の駅「弥生の里」が会場です。

2月8日に観覧し、帰り際にアンケートに感想を書いたら、おもいがけずプレゼントもらっちゃいました。

それは、田舎館村埋蔵文化財センターの入場券(200円)で、スノーアートの会期中の14日まで利用可能

アンケートに答えると、くれるみたいで。
わーい・ラッキー♪

さっそく歩いて1分くらいの施設へ。
前にも入館したことがありまして、なかなか立派な施設です。

ここで垂柳遺跡の貴重な遺物を見学できました☆

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弥生時代の田んぼを現状保存

弥生人の足跡が残った水田。

ぺたぺたと裸足です。
ぐっと大地を掴むように、足指くっきり。

2000年前の田んぼに弥生人の足跡って、
奇跡です!!

なぜ、残ったのでしょうか。

そもそも
長く中央の学会では
寒冷地の青森県では米作りの弥生文化はないという、
学説がはばをきかせていました。

「稲作は高度な文化だから、
北東北にまで伝わらなかった」

弥生時代の垂柳遺跡は

そんな中央の学説をくつがえした画期的な遺跡。

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土器もたくさん並んでいましたよ。
縄文土器のような
縄目の模様ではありません。

田舎館村はこういった土器が古くから出土していたそうです。


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板や棒でつけられた紋様ですね。
たくさんの土器のほか
水田が現状のまま保存されたコーナーがあります。


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パネルの説明板

道路建設での工事中、
昭和56年に
火山灰の下から無傷で水田が出現しました。

火山灰の下に埋もれていたから、足跡が残っていたそうです。

「火山灰は、八甲田山から降りました。大量だったので、稲作は中断せざるえなかったでしょう」
職員の女性が説明してくれます。

それにしても火山灰が岩木山でなく、八甲田山から降るとは!
それも、かなりの灰の量だったとか。


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「本州の南と違い、北国は米の収量は少なかったし農具も未熟でした。南では、青銅器や鉄器の農具が開発されていましたがこちらは木製のものしかなく……」と、解説してくました。


2000年前ですから、農具は仕方ありませんね。

それにしても2000年前から脈々と、米作り。

しばしば洪水があり、それが肥沃な土を運んできたそうで、
なるほど田舎館は弥生の里だわ~


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2000年前から米作りの遺跡が出土したからこそ
田んぼアートなのですね~

『風とともに去りぬ』のスカーレット・オハラも良かった。
  2015年の田んぼアート

上の画像に映り込んだ黒い物体は、ライトアップのための照明器具。
14日までの開催期間で
明日の11日は、日が暮れると、幻想的にライトアップされます。

スノーアートと、田舎館村埋蔵センターのコラボ、
見応えがありました。




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